社会保険労務士 五藤事務所

                               労災保険の活用

1、災害保険給付(負傷・疾病)

※ 労災保険の災害保険給付は業務災害によるものと、通勤災害によるものがあります。業務災害によるものは給付の名前に「補償」がつき、通勤災害によるものはそれがつきません。各種給付内容の説明については、一部を除いて内容にほとんど差がないため、下記に示す通り「療養(補償)給付」とカッコ書きにして表記します。

① 療養(補償)給付
1、給付内容
療養(補償)給付は療養の給付、つまり
指定病院等による医療行為の現物給付として支給され、療養補償給付は全額保険給付のため労働者の負担はありません。一方、療養給付は原則200円の一部負担金を支払わなければなりません(健康保険法の日雇特例被保険者は100円)。
ただし、
政府が
・療養の給付をすることが
困難な場合
・療養の給付を受けないことについて
労働者に相当の理由のある場合
と認める時には、医療行為の現物給付ではなく、療養の費用(医療費)の支給をすることができます。

2、請求手続
(1)療養の給付
業務災害の場合は「療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」を、通勤災害の場合は「療養給付たる療養の給付請求書(様式第16号の3)」を、
初回は事業主の証明を得て、2回目以降は事業主を経ずに指定病院等に提出します。その後は指定病院から労働基準監督署、都道府県労働局へ請求書が回り、指定病院へ医療費が支払われます。
(2)療養の費用の支給
医療費を請求するときは、業務災害の場合は「療養補償給付たる療養の費用請求書(様式第7号(1))」を、通勤災害の場合は「療養給付たる療養の費用請求書(様式第16号の5(1))」を
事業所の所在地を管轄する労働基準監督署に提出します。
(3)指定病院等を変更したいとき
すでに指定医療機関等で療養の給付を受けている労働者が、他の指定病院等に変更するときには、
変更後の指定病院等を経由して事業所の所在地を管轄する労働基準監督署に「療養補償給付たる療養の給付を受ける指定病院等(変更)届(様式第6号)」又は「療養給付たる療養の給付を受ける指定病院等(変更)届(様式第16号の4)」を提出します。

3、支給期間
療養の給付は全額、療養の必要がなくなるまで(
治癒するか死亡するまで)支給されます。

② 休業(補償)給付
労働者が、療養のため労働をすることができないために賃金の支払いを受けられないときに支給されます。
1、支給要件
休業(補償)給付を受給するためには、次の要件に全て該当することが必要です。
(1)労働者が業務上、又は通勤中の傷病による療養が必要なこと
(2)療養のために
労働することができないこと
(3)労働できないために
賃金を受けることができない日が3日以上あること(待期期間)
2、待期期間
待期期間は休業(補償)給付を受けることができないため、
休業補償給付についてはその3日間は事業主が労働基準法の休業補償をしなければなりませんが、休業給付については事業主に災害の責任がないため事業主からの休業補償はありません。
この
待期期間は、健康保険法の傷病手当金の待期期間とは異なり、3日間は連続でなくてもよいこととされています。ですから、労災保険の場合、下表のように扱います。
具体例 15日 16日 17日 18日 19日 20日 21日 判定
所定出勤日
A 15~17日で待期完成、18日以降支給対象
B 18日までで待期完成、19日以降支給対象
C 有休 有休 有休 有休 16~18日で待期完成、19日以降は、有休である場合は原則支給しない
前述の通り、業務災害の場合は、待期期間中は事業主が休業補償をしなければなりませんが、有給休暇等により労働者に平均賃金の60%以上の金額が支払われる場合は、休業補償をしたものとして扱われます。

3、支給額
支給額は給付基礎日額を基に算出されます。
(1)
全部労働不能の場合:給付基礎日額×60%
(2)
一部労働不能の場合:(給付基礎日額-一部労働に対する賃金)×60%
(3)事業主から労働不能部分について賃金が支払われる場合
ア、
全部労働不能の場合で、支払われる賃金が平均賃金の60%未満の場合:給付基礎日額×60%
イ、
一部労働不能の場合で、支払われる賃金が、(平均賃金-一部労働に対する賃金)×60%未満の場合:(給付基礎日額-一部労働に対する賃金)×60%

給付基礎日額は、原則として労働基準法第12条に定める平均賃金と同義
ですが、以下の場合は例外としてその額を給付基礎日額とします。
(1)平均賃金の算定基礎期間中に
業務外の事由による傷病の療養のために休業した期間がある場合、次のうち高い方
 ア、原則の平均賃金額
 イ、その傷病により休業した期間及びその期間の賃金を算定基礎期間及びその期間の賃金から控除して算出した金額
(2)
じん肺にかかったことにより保険給付を受けることになった労働者
 ア、じん肺により粉じん作業からそれ以外の作業に転換した時を算定事由発生日とした平均賃金相当額
 イ、医師の診断により疾病の発生が確定した時を算定事由発生日とした平均賃金相当額
(3)
自動変更対象額(最低保障額)
原則及び上記例外により算定された平均賃金相当額が、
自動変更対象額である3,960円(平成23年8月1日改定)未満である場合は、3,960円を給付基礎日額とします
ただし、給付基礎日額にスライド制が適用される場合は、平均賃金相当額にスライド率を乗じた金額が3,960円以上であれば給付基礎日額は平均賃金相当額とし、3,960円未満であれば、3,960円をスライド率で割った金額とします。

4、休業給付基礎日額のスライド制と支給限度額
(1)スライド制
厚生労働省が作成する毎月勤労統計の毎月決まって支給する給与の額を基礎として、厚生労働省令の定めにより算定した金額を
平均給与額とし、四半期ごとの平均給与額が、算定事由発生日の属する四半期のそれの110%を超え又は90%未満になった場合、その上下が生じた四半期の翌々四半期の初日以後に支給事由が生じた休業(補償)給付は、その上下の比率を基に厚生労働大臣が定める率(スライド率)を給付基礎日額に乗じて得た金額を新しい給付基礎日額とします。
なお、1度変動した後は、平均給与額が10%超上下するごとにその直近に変動した際の平均給与額と比較した率がスライド率になり、10%超の上下が生じるごとに改定されていきます。
算定事由発生   10%超の上下あり   変動した
翌々四半期
 
22年4~6月(A) 7~9月 10~12月(B) 23年1~3月 4~6月 7~9月
算定事由発生日   平均給与変動   B÷Aのスライド率を適用
(2)支給限度額
休業(補償)給付の支給事由発生日が、
療養開始日から1年6か月を経過した日以後の日である場合は、休業(補償)給付の支給事由発生日の属する四半期初日における年齢の年齢に応じて、給付基礎日額の上限・下限が下表のとおり定められています(平成23年8月1日改定)。
年齢階層区分 最低限度額 最高限度額
20歳未満 4,624円 12,984円
20歳以上25歳未満 5,040円 12,984円
25歳以上30歳未満 5,661円 13,120円
30歳以上35歳未満 6,222円 15,981円
35歳以上40歳未満 6,662円 18,541円
40歳以上45歳未満 6,941円 21,735円
45歳以上50歳未満 6,919円 23,578円
50歳以上55歳未満 6,566円 24,608円
55歳以上60歳未満 5,770円 23,105円
60歳以上65歳未満 4,613円 19,134円
65歳以上70歳未満 3,960円 15,282円
70歳以上 3,960円 12,984円
5、請求手続
業務災害の場合は「休業補償給付支給請求書(様式第8号)」に、通勤災害の場合は「休業給付支給請求書(様式第16号の6)」に、
医師の証明、及び初回だけは事業主の証明を得て、事業所を管轄する労働基準監督署へ提出します。
休業が長期に渡る場合、どの程度の間隔で請求書を提出するかは労働者の自由とされていますが、毎月の生活費や療養費に困らない程度の間隔が望ましいと言えるでしょう。
なお、
「賃金を受けなかった日」のうちに業務上の傷病による療養のため、所定労働時間の一部について労働した日が含まれる場合は、様式第8号又は様式第16号の6の別紙2(リンク先の様式は第8号用)を添付することになっています。

③ 傷病(補償)年金
療養が長期化した場合は、
労働基準監督署長が職権で傷病(補償)年金の支給を決定します。
1、支給要件・支給額
業務上の傷病により、労働者がその傷病の
療養開始後1年6か月経過日において又は同日後、次のいずれにも該当するときに、その状態が継続している間、その労働者に対して支給されます。
(1)傷病が治癒していないこと
(2)傷病による障害の程度が下記
1級から3級に該当すること
第1級 常時介護を要する程度 給付基礎日額の313日分/年
第2級 随時介護を要する程度 給付基礎日額の277日分/年
第3級 常態として労務不能 給付基礎日額の245日分/年
※障害の程度は、6か月以上の期間にわたり存する障害の程度により、労基署が認定します。
2、請求手続
労働基準監督署長が職権で支給決定するため、基本的には請求手続は必要ありませんが、療養開始後1年6か月を経過しても傷病が治癒していないときは、その後
1か月以内に傷病の状態等に関する届(様式第16号の2)を、また、療養開始後1年6か月を経過しても傷病(補償)年金の支給要件を満たしていない場合は、毎年1月分の休業(補償)給付を請求する際に傷病の状態等に関する報告書(様式第16号の11)を併せて労働基準監督署に提出しなければなりません。

3、労働基準法との関係
業務上の傷病にかかった労働者が、その療養開始後3年を経過した日において
 
(1)傷病補償年金を受けている場合
 
(2)又は同日後において傷病補償年金を受けることとなった場合
には、事業主は3年経過日又は年金受給要件該当日において、
労働基準法第81条の打切補償を支払ったものとみなされ、同法第19条1項の解雇制限が解除されます
なお、通勤中に傷病を負った労働者については、もとより解雇制限による労働者としての地位の保護はありません。労働基準法の解雇制限は、あくまで「業務上」の災害に遭った労働者を保護するための規定であるためです。

④ 障害(補償)給付
障害の等級により、支給形態が障害(補償)年金と障害(補償)一時金に分けられます。
1、支給要件
傷病が
治癒した後、身体に一定の障害が残った場合には、障害(補償)給付が支給されます。
治癒とは、傷病の症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行ってもその医療効果が期待できなくなった
症状固定の状態になったときを指します。

2、支給手続
障害補償給付支給請求書(様式第10号)又は
障害給付支給請求書(様式第16号の7)事業主の証明を受け、医師又は歯科医師の診断書及び必要に応じてレントゲン写真等の資料を添付のうえ労働基準監督署に提出します。

3、支給額
障害の等級に応じて、下記のように定められています。
障害(補償)年金の額 障害(補償)一時金の額
第1級 給付基礎日額の313日分/年 第8級 給付基礎日額の503日分
第2級 給付基礎日額の277日分/年 第9級 給付基礎日額の391日分
第3級 給付基礎日額の245日分/年 第10級 給付基礎日額の302日分
第4級 給付基礎日額の213日分/年 第11級 給付基礎日額の223日分
第5級 給付基礎日額の184日分/年 第12級 給付基礎日額の156日分
第6級 給付基礎日額の156日分/年 第13級 給付基礎日額の101日分
第7級 給付基礎日額の131日分/年 第14級 給付基礎日額の56日分
4、年金給付基礎日額のスライド制と支給限度額
傷病(補償)年金及び障害(補償)年金が支給される場合、算定事由発生日の属する年度(4月~翌3月)の翌々年度8月以後の分として支給される分は、当初の給付基礎日額にスライド率を乗じた額を年金給付基礎日額とします。改定は毎年8月1日付で行われます。
平成21年度(A) 22年度 23年度 24年度 25年度 26年度
算定事由発生 平均給与額変動 8月1日付で
スライド率適用
8月1日付で
スライド率適用
8月1日付で
スライド率適用
8月1日付で
スライド率適用
率=22年度/A 率=23年度/A 率=24年度/A 率=25年度/A
原則として、当年度のスライド率は「前年度の平均給与額÷算定事由発生年度の平均給与額」で計算し、平均給与額の変動幅に関わらずスライド制を適用する、完全賃金スライド制を採用しています。
また、スライド制の適用開始と同時に、年齢階層別支給限度額の適用も開始されます。その年の8月1日における年齢で休業給付基礎日額の支給限度額と同じ表を用いて年金給付基礎日額の支給限度額が適用されます。


5、障害等級の決定

(1)原則
障害等級は、労働者災害補償保険法施行規則別表第一の障害等級表に定めるところによります。
(2)併合
2以上の身体障害があり、
うち1つが第14級である場合は、重い方の障害の等級によります。
(3)併合繰上げ
2以上の身体障害があり、
いずれも第13級以上である場合は、下表のように重い方の障害を繰り上げます。
第13級以上の障害が2以上あるとき 重い方を1級繰上げ
第8級以上の障害が2以上あるとき 重い方を2級繰上げ
第5級以上の障害が2以上あるとき 重い方を3級繰上げ
※ただし、第13級と第9級の併合繰上げは第8級に該当しますが、第9級と第13級の支給額の合計が第8級の支給額に満たないため、第9級と第13級の支給額の合計を確定支給額とします。

6、定期報告
年金を正しく支給するために、
毎年1回受給労働者の現況の報告を求めるものです。提出しなければ年金が支給停止になりますから、忘れずに下記の提出期日までに支給決定を受けた労働基準監督署へ提出してください。
必要書類は、労働基準監督署から郵送されてきます。
〇誕生日が1月~6月の者:5月31日までに提出
〇誕生日が7月~12月の者:
10月31日までに提出
7、障害(補償)年金前払一時金
障害(補償)年金の受給権者は、、
請求により1回に限り、年金の前払いを受けることができます。
障害(補償)年金前払一時金を請求するときは、
原則として、障害(補償)給付の請求と同時に、障害補償年金・障害年金前払一時金請求書(年金申請様式第10号)を、支給決定を受ける労働基準監督署に提出します。
ただし、年金の支給決定の通知のあった日の翌日から、
1年以内であれば、障害(補償)年金を請求した後でも請求できます。この場合、請求できる額の上限は、各等級の障害(補償)年金前払一時金の最高額から、すでに受給した分を差し引いた額が上限になります。
支給は、請求した後最初の奇数月に行われます。
障害(補償)年金前払一時金を受給した後は、
各月に支給されるべき額の合計額が、一時金の受給額に達するまでの間、障害(補償)年金が支給停止になります。1年経過後は年率5%の単利で割り引かれた額で計算されます。

8、障害(補償)年金差額一時金
障害(補償)年金の受給権者が受給開始後間もなく死亡した場合に、
最低保障額と死亡前に受給した分との差額を遺族の請求により支給するものです。
遺族が差額一時金を請求するときは、障害補償年金差額一時金・障害年金差額一時金支給請求書(様式第37号の2)、戸籍謄本又は抄本、請求人が死亡した労働者の収入によって生計を維持していた者である場合には、その事実を証明することのできる書類を、支給決定を受けた労働基準監督署に提出します。
等級 最低保障額
第1級 給付基礎日額の1,340日分
第2級 給付基礎日額の1,190日分
第3級 給付基礎日額の1,050日分
第4級 給付基礎日額の920日分
第5級 給付基礎日額の790日分
第6級 給付基礎日額の670日分
第7級 給付基礎日額の560日分
受給資格者は下表のとおりですが、実際に受給できる受給権者は受給資格者のうち最先順位者に限定されます。
生計状態 優先順位 遺族
同一生計 1 配偶者
2
3 父母
4
5 祖父母
6 兄弟姉妹
別生計 7 配偶者
8
9 父母
10
11 祖父母
12 兄弟姉妹

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